転職で年収がアップし全く危機感を持たないサラリーマンに

1回目の転職先の会社では社会人として安穏と過ごした私

高校の同級生が営業マンとして勤務し、20歳という若さの彼に年収600万円を支給している不動産会社に20歳で転職をした私ですが、仕事の内容は最初の運送業の会社と同じでした。

 

営業マンの出張費清算の仕事が少し増えたくらいで、経理としての仕事はほぼ同じでした。

 

 

厳しい社風の不動産会社

全く危機感が無かった20代

全く危機感が無かった20代

しかし社風は全く違っていて、その不動産会社の社風は初日から私には驚きとなりました。

 

とにかく営業に関してのノルマが非常に厳しいのです。

 

営業の業務の詳しい事は分かりませんでしたが、転職で同僚となった同級生に言わせれば、不動産業界は「生き馬の目を抜く世界」、食うか食われるかのシビアな業界との事。

 

仕事が取れる取れないでは天国と地獄ほどの差があると、一緒に酒を呑む席で良くこぼしましたが、それは社風にも鮮烈に現れていました。

 

大袈裟ではなく軍隊のような朝礼、そして会議…

 

各営業マンの成績グラフが壁に貼られ、誰の成績が良いか、誰の実績が伸びていないか一目瞭然で、それが営業マンへのプレッシャーとなっていました。

 

不動産の営業は、とても私には勤まらない業務、私は経理という部署で本当に良かったと、しみじみ感じたものでした。

 

満足していた2社目の勤務

私の年収も約束通り、かなりアップし、念願の新車も購入し、この時点では私は自分の転職は成功であったと満足していました。

 

最初に就職した会社でも特に不満を感じる事はなかったのですが、2社目の転職で年収が大幅に上がり、しかも経理という仕事柄、営業と違い成績などを問われる事もなく、とてもラクな日々を暮らしていました。

 

またこの時期、お金に対して精神的に余裕を感じた私は、アパートを借りて一人暮らしも始めました。

 

駐車場も借りて毎月の出費は増えましたが、全く気にはなりませんでした。

 

このまま経理課で真面目に勤務すれば、年功序列で更に給料もアップし、管理職となればいいな、とぼんやりと考える、全く危機感を持たないサラリーマンでした。

 

言葉を換えれば、単に会社側が自分にしてくれることのみを考える、会社が与えてくれることしか考えない受け身の社員で、自分から進んで会社側のメリットとなることをする能動的な社員ではありませんでした。

 

この危機感の無さは、この後、30代と40代で2回失業、無職となってしまう大きな原因だったと私は考えています。

 

楽しければ、それで良かった20代と言えるでしょう。

 

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