ベテランの一致協力で転職先の会社を改善出来ると信じ営業を

アフィリエイトビジネスを含め全て好転していると思われた本社勤務

予想した通り、KNさんは非常に紳士的で優れたエンジニアであり、同時に人格者であった。

 

しかし、この外資系企業の社長の欺瞞だらけのモノの考え方には非常に立腹しており、いつでも会社を辞めるつもり、とも言っていた。

 

 

初めて仕事を楽しく感じる

会社を改善出来ると信じ営業を

会社を改善出来ると
信じ営業を

いずれにしてもKNさんと組んでの営業は楽しかった

 

また単身赴任といえどもココは日本、食べ物や治安の不安や不便など何も無い。

 

正直な話、本社勤務となって良かった、この会社に来て初めて仕事が楽しく出来るようになった、と感じた。

 

また会社が拠点を持たない東海地方の顧客を開発するという依頼を常務から受け、自宅のある東海地方への出張もあり、その際には自宅に帰る事も出来るようになった。

 

色々と好転してきたと感じる

更にプライベートではアフィリエイトビジネスで協力者も確保する事が出来て、マンパワーの面でも格段に規模を広げる事が可能となり、またアクセス数が確保出来る、人気のサイトも増えてきた。

 

全てとは言わないが、以前と比べて格段に色々な事が上手く回るようになっていた。

 

日本でも、この会社の評判は、内容を良く知っている顧客とは既に取引停止となったり、その会社の特許を勝手に使い出入り禁止となったり、見積り参加もさせて貰えなかったりと散々であるが、だからこそ新規顧客の開拓が急がれたし、広州に居る先輩エンジニアのHMさん、上海のブラジル人マネージャー、そして日本のエンジニアKNさん、そして私が一致協力すれば、必ず改善は出来ると信じ、モチベーションを上げていた。

 

このままならば、まだ暫くは、この外資系企業に勤務が出来るな、と感じていたが、ある日社長が本社を訪れ事態は一変した。

 

改革グループの私の提案が転職先の社長に了解される

提案が社長に了解される

提案が社長に了解される

広州でスタートさせた社内改革のキャプテンであった私は、各地のベテラン有志と共に会社の改革を再スタートさせ、その上で国内の新規顧客を開拓するつもりであった。

 

私は自宅を会社の出先機関とする事を社長に提案、それが了解された。

 

実は広州を去る直前、このままではこの会社の将来は無いと考えた有志から私は、「キャプテン」と呼ばれていた。

 

その有志とは、ブラジル人マネージャー、フランス人エンジニア、アメリカ人エンジニア、大先輩の日本人エンジニアであるが、全員が同じ問題意識を持ち会社の改革を行おうと考えていた。

 

そこに更に本社の常務、営業部長のKNさん、彼等も営業部所属ではあるが一流のエンジニアで、彼等2人が役員として我々の改革をサポートしてくれれば少しは会社も良くなるだろうと「キャプテン」の私は考えていた。

 

また、その私の主旨も常務、営業部長、そして新しい専務にも伝えていた。

 

その上での新規顧客開拓であった。

 

私としては我々の考え、計画を社長も理解していると思っていた。

 

しかし社長は、やはり素人で酷く小さな人間であった。

 

自宅を会社のオフィースに

ある日、一家でアメリカに移住した社長が、タイと中国での仕事を終え日本本社に来た。

 

社長を交えての会議で、私は社長から、こう言われた。

 

「先般の貴方のレポートに、貴方の自宅を会社の出先機関として名刺に印刷する、そうして顧客の印象を良くしたい、とあったが、それを採用します

 

現在、貴方には東海地方の新規顧客の開拓をお願いしているが、自宅のある東海地方と、ここ神奈川を行ったり来たりでは大変で無駄も多いので、自宅を会社の事務所扱いにし、そこを拠点にして営業をするという貴方のアイデアを進めて下さい。」

 

私の提案が社長に認可された。

 

しかし翌日、また信じられない事態に遭遇する事となる。

 

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