転職・再就職先のあても無く退社したが今でも後悔はしていない

スポンサー会社からのクレームに対する会社の対応に納得出来ず退社へ

初のスクープをもたらしてくれた信号機メーカーのA社の主幹事証券( 企業の資本政策や金融政策に携わる、主たる証券会社 )B証券会社から、すぐさま私の勤務する会社に連絡が入った。

 

 

スポンサー会社からのクレーム

スポンサーのクレーム

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「A信号機製造会社に関するスクープ記事、つまり“今期予想下振れの可能性”の根拠、取材源を示せ。

 

我々ですら、流された原稿の内容など全く把握していないのだから。」という強烈な抗議が、倶楽部・ブースを統括する市場部長に射られたのだった。

 

市場部長は、本社の担当役員と協議のうえ、私にこう命じてきた。

 

「取材源は必ず伏せる。だから始末書を書いてくれ。

 

それでなんとかB証券会社とは、ことを済ますから」。

 

私は、納得がいかなかった。

 

「後日、A信号機製造会社の減額修正や減配が明らかになった時、始末書はどう処置されるのですか?」と、周囲を憚ることなく食ってかかった。

 

転職・再就職先のあても無く退社

倶楽部のキャップも、

 

「自分も何枚となく始末書を書かされている。納得いかない始末書は、勲章だと思えよ。

 

原稿が間違っていなかったと分かった時、一緒に勝利の雄叫びをあげるから。」とフォローしてくれたが、振り上げた手を下ろそうという気にはならなかった。

 

旧短波放送の最大のスポンサーは、日本証券業協会であり大手証券会社だった。

 

B証券会社も、その一社。

 

そんなことは、重々承知していた。

 

がそれと今度のことは別だろう、という思いが頭・胸の中で物凄い勢いで膨らんでいたからである。

 

若気の至り、と人はいうかもしれないが、その日のうちに始末書でなく「退職願」を出した

 

いまもって、後悔はしていない。

 

市場部長やキャップは、「短気になるな。」となだめようとしてくれた。

 

しかし結果は、転職・再就職先のあてなど全くないまま退社したのだった。

 

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