モノを書く仕事に就けた満足の就職と30代の転職の引き金

スクープをものにしたいという思いが30代一回目の転職の引き金に

私が大学を出て最初に就職し、社会人の第一歩を踏み出したのは、旧日本短波放送(現ラジオ日経)であった。

 

そして、その会社を退社し、最初の転職・再就職活動をしたのは、30歳を過ぎた時だった。

 

 

モノが書ける会社への就職を希望

モノ書きの仕事を希望

モノ書きの仕事を希望

「ものを書く仕事がしたい」という漠然ではあったが一心でもあった私には、満足のいくスタートだった。

 

幸い証券の街、兜町( 記者倶楽部担当 )に配属になり、まずは日々「朝ザイ」と呼ばれていた仕事を任された。

 

日本経済新聞を初めとする全国紙と、格闘した。

 

その日の株式市場に影響を与えそうなマクロ・ミクロの記事を読み、自身の判断で“重要”と思われるものは長め、でないものは短い放送原稿を作る仕事だった。

 

作業を積み重ねていくうちに、いま思えば表面的にすぎなかったものの、実践的な経済の流れを勉強することができた。

 

30代の一回目の転職の引き金

背中合わせに机を並べていた朝日新聞の記者さんから、「( オンエア後の )原稿見せてよ。新聞に目を通さなくて済むから。」と言われたことを、いまでも懐かしく思い出す。

 

兜倶楽部を訪れる企業の発表に臨席できるようになった時は、どんな発表でも早々に原稿にしてブース( 放送室 )に上げた。

 

株価放送の合間や1回15分程度の1日3回のニュースの時間に備えたもので、最初のうちは読んでもらえる確率は正直、低いものだった。

 

それが徐々に読まれる機会が増えていくと、「スクープをものにしたい」という思いが湧いてくるようになった。

 

実は、そうした前向きな( 今でも、そう確信しています )気持ちが、30代に入った私の一回目の転職の引き金になった。

 

だが、退社し転職したこと自体に悔いは全くない。

 

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