会社をいつか辞めて数年後にアフィリエイトで独立する計画

不本意な会社員を止め自分自身のビジネスとしてアフィリエイトを

転職先10社目の上海工場の寮で数日を過ごした私だが、特にする事もない、別段忙しい事も無いので部屋でネットばかり見ていた。

 

ただ真剣にネットを見ていた。

 

 

いつ会社を去る事になっても良いように

数年後に独立する計画で外資系ブラックに転職

数年後に独立する計画で
外資系ブラックに転職

この外資系企業に転職をする際に考えていた、自身のビジネスについて参考とすべき情報を真剣に検索していたのだ。

 

既に私は50代後半の中高年、54歳、そうそう良い条件の転職先、再就職先など無いだろうが、先の再就職先8社目の会社代表、9社目の社長、またこの10社目の外資系企業のようなブラック企業の手先となって働く事に、つくづく嫌気がさしていた

 

軽蔑すべき人から使われるのはイヤだと感じていた。しかし同時に54歳の私にはもうアトは無い。

 

自分には決して負けない、しかしこの会社を早々に去る事になっても、お金に困らない準備をしよう。

 

そこで真剣にネットで検索をし情報を収集した。

 

数年前から始め、半ば断念し全く取組を止めていた「アフィリエイトビジネス」、これを原点に戻って最初から学び直そうと考えた。

 

最初は毎月の給料にプラスアルファーの収入があれば嬉しい、そう考えて始めたアフィリエイトであるが、ここ数年は取り組む時間も熱意もなくしていた。

 

幸いにも単身赴任、プライベートな時間は全てアフィリエイトビジネスの勉強、そして実践に使おうと決心していた。

 

どんなチャレンジでも諦めなければ失敗は無い、チャレンジし続け最後の自分の可能性に賭けてみよう、自分の努力する能力を信じようと心に決めた。

 

自分自身のための生涯のビジネスとして

この転職先の会社の仕事に努力は惜しまない、しかし部屋に戻り一人になったら起業家に成ろう…

 

いつ成果が出るかは分からない、しかし努力し続ける自信は満々に有った。

 

一生続けられるビジネスの基本を構築する為、先ず成功者から正しい指導を受けるための情報をネットで検索していた。

 

そして後日、素晴らしい指導者の教材と「再会」する事となる。

 

実行するタイミングに関しては全く具体的なアイデアは無かったが、遅くとも数年後には会社を辞め独立するという計画を抱き、広州に移動した。

 

広さだけは嘘ではなかった広州の会社保有の古いアパート

広州の会社保有のアパート

広州の会社保有のアパート

広州で私に宛がわれたアパートは、広さだけは十分、しかし老朽化したアパートであった。

 

さらに吝嗇家の社長は、自分が広州に出張する際には、このアパートに泊まるとの事。騒音に耐えられず、私は追加を実費で負担し引越しをする事にした。

 

広州では会社保有の120㎡で3LDKの10階のアパートを自由に使って良い、何なら奥さんも呼んで一緒に生活したら良い、と社長から言われていた。

 

たしかにアパートの広さに嘘は無かった、しかし非常に古く、また手入れも悪く、そして騒音の酷い高層アパートの部屋だった。

 

それ以上に驚いたのは、主寝室は社長が広州に出張に来た時、その部屋に宿泊するから一切使用しないでくれ、という指示だった。

 

3LDKの1つのアパートに、従業員1000人以上の会社社長と…

 

どうでも良い、好きにすればいい、そう感じた。あの社長の二枚舌は今に始まったことでは無い。

 

失念していたのは日本のTV番組で、これは別途料金で契約しないと見れないのだが、ケチな会社がそんな契約を追加でする訳がない、部屋では一切、日本のTV番組は見られない。

 

部屋に居る時間は、全てアフィリエイトビジネスに費やすつもりであったので、TVはどうでも良かったがニュース番組くらいは見たいと感じた。

 

騒音で眠れず引っ越しを

その会社保有のアパートには1週間滞在したが、結局、引っ越しをする事にした。

 

社長が泊りに来る事、そして1週間の滞在で2回エレベーターが故障し10階まで歩いて昇り降りした事、それはまだ良い、しかし騒音だけは受け入れられなかった。

 

戸外からの騒音が酷く眠れないのだ。

 

会社の総務に頼んで新しいアパートを探した。

 

会社保有のアパートの家賃は、近年の家賃レベルでは最低で、とても同じ金額では、ちゃんとしたアパートなど借りられないので、追加費用は自己負担で社長の了解を取り、比べものにならないほど静かな環境のアパートに引っ越しをした。

 

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