会社から心が離れ転職支援サービスを利用した初めての転職活動

呼び捨ての屈辱的なメールをカナダで受信

最後にカナダ・プロジェクトマネージャーが、社長ジュニアに発信したメール、それは私にもCCで送信されることは承知されている。

 

しかし私の名前の後ろには、「さん」も、「殿」も付いていなかった。

 

呼び捨てであった。

 

 

かつての部下に呼び捨てにされる

屈辱的なメールを受信

屈辱的なメールを受信

「了解しました。○○を×月×日に帰国させます。」

 

敬称が、わざわざ付けられていない、呼び捨てだ。

 

特にアタマに来ることは無かった。

 

しかしその時思ったのは、ちょうど家康が信玄との最初の戦いで敗れた時、その時の自分の情け無い姿を絵師に描かせ、生涯その屈辱を忘れないようにとしたのと、良く似た気持ちで、「呼び捨てにされたこと、その時の自分の会社内でのポジションを忘れない」というものであった。

 

自分自身の変化に気が付く

秀長は兄に秀吉が居たからこそ、有能な参謀で居られたので秀吉という存在が無ければ…

 

両輪が揃って初めて偉業を成し得た、その時私は痛いほど、そう感じ会社から自分の心が離れてしまっていることに気が付いた。

 

私は業務、仕事の楽しさ、充実感のみに気を取られ、会社という組織の中の自分のポジションに全く気が付かずに居た。

 

逆に言えば、そういう事を考える必要が無いほどに、自分の業務に手応えを感じていたが、しかし同時に、会社から与えられた仕事をソツ無くこなしているだけの自分、会社に意見したり、舵取りを提案したり、そういう意志が無くなっている自分、それに気が付いてしまった。

 

会社に対する愛着も忠誠心も持ち得ていない事に気が付いたのだ。

 

異業種への転職を希望し民間の転職支援サービスに登録

社長との確執、人事異動、業務内容の変更など、様々な要因から私は転職を検討するようになった。

 

それまではヘッドハンティングや知人の紹介での転職であったが、初めて転職サイトを利用し、5社目となる転職先を探し始めた。

 

当サイト管理人の自主的な転職活動は、この4社目から5社目への転職からスタートした。

 

自主的な転職活動のスタート

40代で初めて転職支援サイト利用

40代で初めて転職支援サイト利用

それまでの転職は、請われるままの転職であったが、40代で初めて、自ら転職をすると決めて行動を起こした。

 

転職活動スタートという言葉は今になって使える言葉で、その時は、この5社目以降も、また転職と再就職を繰り返すつもりなどなかった。

 

しかし、この転職先5社目の選択は、完全に失敗であった。

 

詳細は次のカテゴリーで後述するが、顧客の技術に頼り自前の技術力の無さの認識が無い、また改善する努力をしない事、高齢な従業員に過度な遠慮を続ける経営者、新規顧客からの引き合い技術提案が出来ない能力の低さ、更には私の雇用条件の一方的な変更など、率直に言って失敗の転職であった。

 

更に私は、その次の6社目への転職を安易に決めてしまい、転職トラブルとなり失業という憂き目にも遭遇する事となる。

 

それらの失敗の原因は、プロのサポートを受けなかった事、安易に多くオファーされた求人を自分で選び、転職先候補の内部情報収集を行なわなかった事、更に「転職・再就職に必須のセカンドオピニオン」でお伝えしているように、複数の転職のプロの支援を受けず1社の転職エージェントからの情報のみで判断をした事であると反省をしている。

 

異業種への転職を希望し転職支援サービスに登録

私に土下座して慰留を懇願した転職3社目の社長」にも書いたが、当時私は、今まで自分が属していた業界の将来性に疑問を感じ続けていた。

 

CAD・CAMが一般化しつつあった業界では、それまで技術的に遅れをとっていたアジア圏の国々でも新規のサプライヤーが台頭しつつあり、実際、私の前の転職3社目でも、この4社目でも、それらの新規参入のサプライヤーとの激しい受注価格競争となり、原価に近い受注を余儀なくされていた。

 

そういった事情から、出来る事であれば将来性のある付加価値の高い商材を扱う異業種で、私の海外ビジネス経験、英語スキルを活かせる会社に転職がしたいと希望した。

 

転職活動の最初の段階では、この業界の先輩や知人に相談をしたが、やはり異業種という事となると彼等にも情報は無く、インターネットで色々と検索をするうち、民間の転職支援サービスが目に入った。

 

それらを活用し、視野を広くして転職活動をすべきと判断した。

 

こうして40代最後の49歳にして初めて転職支援サイト・エージェントに登録をする事となったが、それらのプロからの支援は、その後の50代後半まで利用と活用が続く事となった。

 

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