難解な言葉でコミュニケーション能力が低いと評価される中高年

実るほど頭を垂れる稲穂かなの中高年スタンスでシッカリとアピール

前ページの「知ったかぶり」にも共通する事ですが、自分を賢い人間である、教養が豊かで知識豊富で、難しい事も良く知っているとアピールする中高年も面接で決して良い評価を得られない事を覚えておいて下さい。

 

実務で有益な外国語能力は人材価値を上げますが、「高卒や学歴は中高年の転職や再就職では殆ど影響はない」でお伝えしたように、中高年の年齢層では学歴は最終的な求人採用決定で、さほど大きな判断材料となりませんが、高学歴の中高年でも、そうではない人でも、自分を賢く思わせる自己アピールは好印象を与えないので注意をして下さい。

 

 

高学歴とそうではない2人の中高年求職者に共通したマイナスポイント

コミュニケーション能力も面接でチェック

コミュニケーション能力も
面接でチェック

当時、私が面接官のメンバーに加えられた会社は、私の生まれ済んだ地域にある会社ではなかったため、求人に応募してくる中高年の履歴書を見ても、私にはその求職者の卒業校のレベルが全く分かりませんでした。

 

同じ面接官の方に聞いたところ、ある求職者は「非常に高いレベルの学校を出てる」という評価で、また別の求職者は、そうではないという評価でした。

 

その2人の中高年ですが、共に不採用としましたが、我々面接官の一致した評価は「話が分かりにくい」というものでした。

 

面接官からの質問対する回答でも、自己アピールにしても、先ず抽象的な表現が多く具体性や実現性に欠けている内容でした。

 

特に「もう、うんざり」と感じたのが、敢えて難解な日本語を使うという点でした。

 

率直に言って、「少しでも自分を賢く見せようとしている」と感じ、同時に「思いや意気込みが分からない」と感じたのです。

 

賢く思わせるために難解な言葉を使う中高年

面接は自己PRの場でもありますが、採用を決める側としては、求職者のコミュニケーション能力をも慎重にチェックしています。

 

「頑張ってきました」と言えば良いところを、「不断に努力する意志を堅持してまいりました」と話す…本人はインテリと思われたいのか知りませんが、難解な言葉が多く、言葉が聞いている側の心に届きません

 

高学歴の人は、それを誇示しているのでは、また学歴に劣等感を持つ人は、それをカバーしようとしているのか、いずれの場合も「コミュニケーション能力が低いというマイナス評価は受けても、プラス評価にはなりません。

 

社外が活躍の場である営業などであれば顧客とのコミュニケーションで問題となる、社内が仕事の場である職種でも社内の人間とのコミュニケーションが上手く取れない、ましてや部下を持つポジションであれば完全に不向きな人材と評価されてしまいます。

 

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」のスタンスで

そもそも中高年とされる年齢層では、その年齢や経験から、ある程度プライドを持っているのが当たり前です。

 

その中高年に対応する人間も、目の前の人間が中高年であれば、自分よりも年上であれば、ある程度の尊敬の念を持ちますし、相手の中高年がプライドを持っている事を承知して接しています。

 

その暗黙の人間関係で、更に中高年が己を賢く見せようとすれば、決して良好な人間関係は築けません。

 

むしろ「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という感覚を持ち実践する中高年は、どんな年齢層からも受け入れられます

 

中高年として経験を積んでいる事は誰もが知っています。学歴も履歴書で分かっています。

 

コミュニケーション能力もシッカリとチェックされる、人間と人間が生の言葉で接する面接では、難解な言葉で自分を取り繕うより、頭を垂れる稲穂のような美的感覚でアピールすべきところはシッカリとアピールしましょう。

 

「賢い人ほど誰が聞いても分るように話す」、この言葉を覚えておきましょう。

 

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